「…ケイちゃん、どうしたの?食べていんだよ?」
「食わぬと元気になれぬぞ」
佐助と幸村は箸を置いてケイジを見た
ステンレス製の首輪にKEIJIと刻印されているのをみつけ
おそらくこの獣の名前なのだ思い、そう呼ぶことにした
スーパーから戻った佐助が料理の腕を振るうこと30分
簡単ながら美味そうな料理がちゃぶ台いっぱいに並んだ
ケイジは、ジッと料理を見つめたまま
手を出そうとしない
「…やっぱ、猫と人間の食い物って違うのかな」
佐助が困った様子で首をかしげる
「猫…ケイジ殿、これを、こーやって、こう」
幸村は手本を示すように白飯の上に生姜焼きの肉をのせ
口に運ぶ様を見せる
それを見たケイジはゴクリと生唾をのみ、悲しそうに「にゅ~」っと鳴いた
「食べたそうには見えるけどね…」
「ふむ…困ったな」
そうしている内に料理が冷めてゆく
「ケイちゃん。ホラ、もう熱くないと思うから食べてごらん?」
佐助が肉じゃがを箸でとって、ケイジの口元に運ぶ
「…オレ……」
ケイジが呟いた
「オレ、…食べない」
「俺様ちょっと料理の腕には覚えがあるんだよ?意外と美味しいから
少しでも食べてみてよ」
ケイジは口をギュッと噤み唇を噛んだ
「ケイジ殿、そのように我侭を申していてはまた寝込んでしまわれますぞ」
「……」
幸村に叱られて、ケイジは一層悲しそうに目を伏せた
「まぁ…嫌なら無理に食べさせるわけにいかないけど…」
「何を言う!佐助!我侭を許していては元気な体になれぬ!ただでさえ痩せ細っているというのに!」
「でもさ、旦那。この子は普通の人間と違うんだし、もっと…」
「普通と違うとは何だ!ただ猫のような耳と尾があるだけではないか!」
「十分普通じゃないだろッ!」
「なにをッ…!」
二人が掴み合いをし始めた時、ケイジの腹が盛大に鳴った
グル~と鳴り続ける腹の音にケイジは諦めたように
幸村が乗せた白米の上の生姜焼きを口にした
「あ…食べた」
「うむ!ケイジ殿、もっと食べよ」
「ケイちゃん、こっちのカボチャの煮物も美味しいよ」
胃が小さくなっているからか、あまり量は食わなかったが
ケイジが満遍なく色々な種類を口にしたのを見て
二人はホッと一安心した
布団の上で体を丸めスヤスヤ眠るケイジに毛布をかけながら
佐助は深いため息をついた
「ねぇ、旦那。この子どこから拾ってきたの?」
「ビルの間のダンボール箱だ」
「へぇ…」
引きつった笑みを浮かべた後、真顔で幸村を見る
「本気でこの子を飼うの?」
「男に二言はない」
「飼い主、探してるかもよ?」
「捨てたのであろう?俺が貰い受けて何の文句がある」
ガンとして態度を変えない幸村を見て佐助は観念した
「それならさ、もう少し広い所に引っ越さない?」
「引越し?」
「いやぁ~、流石に狭いでしょ。ケイちゃん外に出れないんだし」
「……そうか」
「俺様も少し会社に近い方がいいし、お金はお館様からたんまりもらってるんだしさ」
佐助の言うとおり、狭いアパートに身の丈の大きなケイジが加わっては
流石に圧迫感を感じる
何より家の中で一日を過ごすケイジが可哀想だと思った
「考えてみるか」
「やった!!このボロアパートからおさらばできる!さっそく不動産屋行ってこよう!」
「…言っておくが、ケイジ殿の為だからな」
軽い足取りで部屋を出て行った佐助に苦笑しながら、
グルグルと喉を鳴らして眠るケイジの髪をそっと梳いた
「ケイジ殿、これからは俺たちと暮らそう」
「みゅ~…」
幸村の手に頬を寄せるケイジを見て、無意識に微笑んだ
その夜
幸村は何か心地よい夢から目覚め、しばらく放心していた
何の夢かは覚えていた無いが体がフワフワと宙に浮くような
ぬるま湯に浸るような気持ちよさだった
暗闇に目が慣れると次第に意識もハッキリとし
同時に下半身に広がる明らかな快感を自覚した
「な…なんであろう…」
幸村は不審に思いながらも、布団を剥ぎ取ってみる
「うっ…うっ…」
声を詰まらせた、次の瞬間言葉にならない叫び声が喉をついて出た
「うぎゃぁああぁあぁ!!??」
「何っ!!旦那?!!」
幸村の叫びに佐助が飛び起き、部屋の電気を点ける
「なッ!な…!!」
ケイジは幸村と佐助が騒ぐ声に驚いて
部屋の隅に逃げ毛布を頭から被った
「ケ…ケイちゃん?!旦那ッ!!」
「……!!!」
顔を真っ赤にして口をポカンと空けたままの幸村を
佐助がキっと見据える
「旦那!ケイちゃんに何てことさせてるんだよ!?」
「ちッ!違うッ!」
「ソノ状態で何がどう違うんだ。見損なったぜ旦那!」
佐助は部屋の隅でカタカタと震えるケイジを抱き寄せた
「にゃーッ!!みぃぎゃーッ!!」
「大丈夫、大丈夫だから」
暴れるケイジを抱きかかえ、佐助はあやす様に何度も背中を撫でた
「違うのだ佐助!起きたらケイジ殿が…!お、俺のモノをッ」
「へぇ~…頼んでもないのに勝手にケイちゃんが旦那のチンポを咥えてたんだ?!」
佐助の目が一層冷たく幸村を見下ろす
「ま、真に!お館様に誓ってっ…お、俺はその様な、は…破廉恥な…ッ…!!」
うろたえる幸村を横目に、佐助はケイジを慰めるように言った
「もう絶対にあんな事、させないからな」
「ご…ごめん…」
「何でケイちゃんが謝るの?」
「ごめ…だって俺、ご飯食べたのに…」
ケイジは子供のように涙をポロポロ零しながら、佐助の胸に顔を埋めた
「?ご飯」
「上手く出来なくって…ふっ…ふぇッ」
すっかり怯えて謝り続けるケイジを寝かしつけたのは
外の闇が薄くなり始めた頃だった
ようやく寝たケイジを起こしてはいけないので
佐助と幸村は隣の居間に移動した
「…どうも、ケイちゃんの言ってる事と状況を総合的に判断すると」
「うむ…」
昨夜、ケイジの看病でロクに眠れなかった幸村の目の下には
クッキリと濃いクマが出来ている
「今まで、ご飯を食べさせてもらう代わりに性処理の相手をさせられてた…ってことかな」
「なんと鬼畜な真似をッ!!!」
「大きい声出すなって!壁薄いんだから、このアパート」
「すまん…つい」
幸村は佐助の出した熱いお茶をズズっと啜った
佐助もお茶を一口飲んで、小さく息を吐く
「それであんなに食べるの躊躇ってたんだね」
「なんと不憫な…マサムネとかいう者、人間の所業とは思えぬ仕打ちを…」
「え?マサムネって誰?前の飼い主?」
幸村は眉間の皺を深くして呻いた
「おそらく…、ケイジ殿が熱にうなされながら呼んでいたのだ」
「ふ~ん…そんな飼い主でもやっぱり恋しいのかな」
「…ともかく、飯を食うのに対価などいらぬ事を教えてたらふく食わせねば」
「うん。ケイちゃん痩せ過ぎだもんね」
佐助が空になった湯呑みに茶を注いでる間に
幸村は冷蔵庫にあった和菓子を取り出しつまみ始める
「全く…ケイジ殿に夜伽の相手をさせるとは…常軌を逸している」
「ホント…。でも旦那、思いっきり勃起してたね」
「なッ!!ゲホゲホッ!!」
喉に詰まった大福を流す為に茶をガブ呑みする
「静かにしてよ…ケイちゃん起きるだろ」
「お、オマエが可笑しなことを!!」
佐助が口の端を吊り上げ、ニヤリと笑った
「だってホントの事じゃない」
「な…なにやら、舌が多少ザラザラしていて生暖かく絡みつくものだからつい…」
「へぇ~」
佐助は白んできた窓の外に視線を投げながらふと思った
「ケイちゃんって発情期とかあるのかな」
「ブフゥッ!!!」
幸村が今度は茶を盛大に吹く
「もし発情したらどうしよう」
「そのような心配はせずとも良い!」
「え~…、でも飼い主として猫ちゃんに辛い思いさせるわけにいかないでしょ」
真っ赤な顔で黙り込む幸村をよそに
佐助は差し込む朝日に目を細めて呟いた
「今日、会社休も…」
本当は出張報告など色々と仕事があるのだが…
佐助と幸村はそっと寝床に移り、ケイジを挟んで川の字で眠りについた
(…続く?)