階下に響く女将さんの声で慶次はうっすら目を開いた
ピチピチと雀の子が外で鳴いている
「慶ちゃん~お客はん~」
客…?
慶次はのっそり身を起こすと雨戸を開き通りを見た
編み笠を被った男が一人、戸口に立っている
「慶次はん!お客はんやって!」
甲高い声が二日酔いの頭に響く
「分かってるよ!今、起きたからっ」
下に向かって叫ぶと、男がこちらを見上げた
「慶次殿」
「…幸村?」
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「突然申し訳ござらぬ」
「いや、構わないんだけどさぁ」
「……」
「俺、さっき寝たばっかで」
「そっ…そうであったか」
慶次は大きな欠伸をして眠そうに目をこすった
「で?要件はなんだい」
「特別な用は……」
「まさかこんな朝っぱらから京見物に来たわけじゃないだろう」
幸村は目を泳がせ口篭っている
「鍛錬のお相手を願いたいのと…慶次殿の…住まう京がどんなところかと…」
まさか、本気でこれといった用もなく京まで来たのかと慶次が呆れていると
幸村は居心地悪そうに部屋を見渡した
「…慶次殿はここに住んでおられるのか」
幸村は打ち掛けの派手な着物や鏡台を見て
まるでおなごの部屋の様だと思った
不意に慶次がポンと手を叩く
「ああ!そうか、虎のオッサンに京の町を見てこいって言われたんだろ?」
「お…館さま…?」
「都がどんな所か知っておけって話なんだろ?」
言い澱む幸村をよそに慶次は一人納得するように頷いた
「よしよし!俺が美味い甘味屋や花街…それに遊郭を案内してやるよ!」
「ゆ…遊郭…!?」
「幸村、京に来て遊ばないで帰るつもりか!?お前、銭持ってきたか?」
幸村は佐助に持たせられた財布を差し出した
ずっしりと重いそれの紐を解いて中を見た慶次は仰け反った
「ぶっ!お、お前」
「…足らぬであろうか」
とんでもない大金に慶次は一瞬言葉を失い、次いで大声で笑った
「よぉし!今夜は楽しむぞ、幸村ぁ!」
慶次は幸村の肩を掴みガクガク揺らすと
薄い布団に転がった
「慶次殿…」
「俺はもう少し寝るから、お前も下宿の女将さんに言って旅籠紹介してもらって休みな」
そう言うと慶次は掛け布団を引っ張り上げ
クウクウと寝息を立て始めた
寝てしまった慶次の顔を見ていた幸村は
雀の声に引き寄せられ窓枠から外を覗いた
豆腐売りだの商人が忙しなく通りを行き交い、次第に京の町が賑やかになっていく
「…」
さて、どうするかと幸村は振り返って慶次を見下ろす
『旦那のしたいことをしな』
佐助の言葉を思い出し、枕元に腰を下ろすとジィっとその寝顔を見つめた
「……」
思ったより長い睫
すっと伸びた形の良い眉
無意識に手が伸び、慶次の髪を掴んだ
傍目で見るよりずっと艶やかでスルリと指をすり抜ける
顔を寄せるとフワリと鼻腔をくすぐる良い香りがした
「…慶次…殿?」
静かに呼びかけ肩を揺らしてみたが、早くも深い眠りに入っているのか何の反応もない
薄く開いた唇に触れてみると柔らかく温かかった
その弾力を確かめるように何度も押していると手元が狂い、指先を口内に差し込んでしまった
「あ…」
「ん、んん~…」
慶次は眠ったまま顔をしかめ口に入ってきた異物を舌でなぞると、
眉根を寄せてプイと顔を横に向けた
「……」
幸村は唾液に濡れた己の指先を見つめた
下半身への疼くような刺激に、ゴクリと生唾を飲み込む
「…何故だ」
幸村は体の異変に戸惑っていると、トントンと階段を上がってくる音がしスラリと戸が開いた
飛び上がらんばかりに驚き、慌てて濡れた指先を握り込む
「はれ?嫌やわぁ…お客はんが来てはるのに」
茶の乗った盆を畳に置くと、長屋のおかみさんのが慶次を揺り起こそうとする
「あっ…構わぬ!良いのだ…それより、旅籠を」
むにゃむにゃと寝言を言う慶次を女将は呆れ顔で見て幸村へ頭を下げた
「お侍様、堪忍しておくれやす。悪気はないんやけどこの子…」
困ったように小言を呟くと微笑んだ
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活気の増す長屋の通りを横切り、少し歩くと閑静な広い通りに出た
立派な作りの店や宿が並ぶその一つに促されるまま入る
長屋の通りと違い朝だと言うのにひっそりと静まり返っていた
女将さんが宿の者と言葉を交わしている間、通りの店を眺めていて不意に気付いた
(…遊郭街の宿ではないか)
土地勘のない幸村は紹介された宿がどういった場所なのかを初めて知り、ため息をついた
安い女郎宿と違い格式の高さが伺える立派な宿ではあるが…
(…仕方あるまい)
幸村の立派か身なりを見て選んくれたのだろう、
女将さんの配慮をくんでそのままその宿に泊まることにした
部屋に通され宿の者が下がると幸村は部屋の真ん中で寝転がった
この界隈の活動は夜
だから朝は物音一つしない静けさに包まれていて、幸村は何時しかウトウトと眠ってしまった
近頃鍛錬をしていても集中力がなく、ふとした時に何故か慶次を思い浮かべるので
佐助に何気なく話してみると彼にしては珍しく動揺した様子を見せ、
何事か考えた後に慶次の元へ会いに行ってみろと言われた
緊迫した諸国の動きもなく比較的安穏とした状態であった為、
日頃の弛みを解消するのにいいかもしれないと、
手合わせをしてもらうつもりで慶次の住まう都へと馬を走らせて来た
門の前で見送る佐助に言われた事を再び思い出す
『旦那がしたいとをしな』
俺がしたいこと…?
慶次殿に…?
それは
己の鍛錬の為に手合わせを…
だが
何故さっき
俺は慶次殿の髪に、
唇に触れた?
そうしたいと思ったから…
全裸になった己の下に真っ赤な襦袢を着た慶次がうつぶせになっていたるのが見え
荒い呼吸音が自分のもので、甘ったるく高めの声は慶次のものだと知った
わけが分からぬまま衣擦れの音を立てて赤い着物の裾を巻き上げると、
己の猛きった一物が慶次の中へと穿っている
「っ…!」
ドクンと性器が脈打ち、同時に強烈な快感が腰から頭へと突き抜ける
「ぐッ」
あまりの心地良さに堪らず慶次の腰を掴むと、
強く引き寄せ己の腰を叩きつけるようにズンッと前へ突き出した
「ひッ…」
慶次の掠れた喘ぎが聴覚を刺激する
うねるように摩羅に絡みつき締め付ける肉壁の蠢動に耐えきれず、ありったけの精を放った
慶次の中へ思う存分濃い精液を撒き散らす
気を失いそうなくらいの快感を味わい
ズルリと己のモノを引き抜くと
つられてドプリと大量の精液が後孔から溢れ出した
ヒクヒクと蠢く桃色の孔から白い液体が次から次に垂れ流れてくる
慶次殿ッ…
あれほど放ったにも関わらず
反り返るほどに性器が張り詰め、激しい性欲が湧き上がってくる
無意識に伸ばした手で己のモノを扱くと二、三度擦っただけで再び射精した
「っ…!」
亀頭の先からビュルビュルと勢い良く弧を描いて精液が飛び出て、
慶次の尻や太ももを汚してゆく
出したい…慶次殿の中に
もっと己の精を注ぎ込みたい
本能のままに慶次の尻を割り、その中心へ一気に肉棒を突き入れる
慶次の悲鳴とも矯声ともつかぬ叫びに興奮し、夢中で腰を動かした
差し込む度に摩羅が擦られ言葉にできない程の快感が体を支配してゆく
何度射精しても足りない
ああ…俺はどうしてしまったのだ
慶次が喘ぎながら更なる深い交わりを求めて自ら腰を動かしている
揺さぶる度にグチュグチュと卑猥な水音と肌を叩く乾いた音が響いた
慶次殿
慶次殿
慶次…ッ!
ハッと意識が覚醒し、起き上がると周りを見渡した
見慣れない部屋に一瞬戸惑ったが、京の宿であることを思い出して深く息を吐いた
着物が張り付く程ぐっしょりと汗をかいている
下半身の鈍い快感に着物の裾をはだけてみると下帯を性器が突き上げてた
自己嫌悪とけだるさに再び息を吐く
酷く喉が乾いた
どれくらい眠ってしまっていたのだろう
着いた頃は静かだった宿の中に、今は働く者達のざわめきが感じられる
廊下に顔をだし、通りかかった下女に湯桶と茶を頼んた
それは直ぐに用意され、受け取るときに一度慶次が訪ねて来たことを告げられた
「寝てはるようやったから」と丁寧に頭を下げて
薄暗い廊下の奥へ消えてゆく背を見送る
襖をパタンと締め、おかしな寝言を口走っていなかった心配しながら
湯に浸った手拭いを絞った
着物を脱ぎ体を清めながら、鮮明に思い出される交合の様に一人顔を赤らめる
「なんという夢を見るのだ俺は…」
パンッと自分の頬をひっぱたく
一度慶次が来たと言うことは、もう随分日が高いのだろう
待ちわびているであろう慶次の元に急がねばと思うのだが
体の火照りがおさまるまでどうしよもない
自分は欲情している
破廉恥なことではあるが認めざるを得ない
幸村は新しい着物に袖を通しながら考えた
とうの昔に元服を済ませた成人で心身共に健康であれば当然の現象だろうが、
今まで色事には一切興味がなかった
それが何故急に…?
幸村は広い部屋で一人頭を抱えた
元はと言えば慶次という男に出会ってからだ
「恋だの破廉恥なことを散々聞かされたからだろうか…?」
知らず知らずに影響を受け、遅ればせながら色事に興味が湧いたのか…
うむ~…と呻いた
暫し悩んで、慶次が遊郭を案内してやると言ったことを思い出した
「…女か」
女に欲情するなら単に体が求めているだけということなのだろう
「だが…」
ふと、慶次の姿が浮かぶ
幸村は茶で乾いた喉を潤し、着物を整え部屋を出た
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宿を出て慶次の下宿を訪れるとちょうど一階の土間で
水瓶の蓋を開ける姿を見つけ、声を掛けた
「慶次殿」
「よ、幸村」
慶次は水瓶に柄杓を突っ込み水を汲むと、ゴグゴグ喉を鳴らし飲み干す
上下に動く喉仏
口から溢れた透明な水が首筋を伝うのを見て、
幸村は無性に噛みつきたい衝動にかられた
白い肌に牙を立て、慶次を服従させたい
「幸村?」
「!」
現実に引き戻され、幸村はハッとして慶次の顔を見上げた
そんな幸村を慶次は不思議そうに見つめ返す
「……幸、どうした?」
「な…何がでござる」
少し間が空き、慶次は首を傾げた
「怖い顔、してたぜ?」
「そのようなことはござらぬ」
嘘が下手な幸村はあからさまに目を逸らす
慶次は違和感を覚えながらも話を切り変えた
「…そうかい?…まぁいいや、日も高いし昼飯にでもしようぜ」
「うむ。慶次殿、蕎麦屋にでも連れて行ってくだされ」
「蕎麦か、いいね!」
下宿を出ると二人並んで歩き出した
「甲斐の蕎麦も美味いけど京の蕎麦もなかなか美味いんだぜ!
俺の行き着けの蕎麦屋の親父は…」
慶次は話しかけながらも、別な事を考えていた
今日の幸村は何かおかしい
見慣れない落ち着いた色合いの着物のせいか
大人びた感じのする幸村の横顔を見つめた
「慶次殿?」
「へ?あ、…ああ、そこ!そこの蕎麦屋だ!」
幸村と目が合ったのに驚いて、思わず声が裏返る
慶次は何だか調子が狂うな思いながら、先に店の暖簾をくぐった