「なぁ、幸村」
「はい」
慶次は作り笑いを浮かべると
幸村の首筋に手を伸ばして言った
「俺と死んでくれ」
→折りたたみ「なぁ、幸村」
「はい」
慶次は作り笑いを浮かべると
幸村の首筋に手を伸ばして言った
「俺と死んでくれ」
「はい」
大人しく目を閉じる幸村の首を一瞬だけ締め、すぐに力を抜く
「どうされました」
「へへ、冗談だよ」
幸村は慶次を不思議そうに見上げた
「構いませぬ、殺して下され」
「冗談だって。佐助さん、どっかで見てるんだろ？」
幸村との情事を終えた今この時も
おそらくは天井裏で優秀な忍が監視しているはず
天下を分ける合戦を前に、大切な主に何かあっては一大事
悪戯が失敗した子供のように慶次は頭を掻いた
「こんな時に冗談でもこんな事したら、心の臓めがけて苦無が飛んでくるだろうな」
おどけた調子の慶次に幸村は真顔でかえす
「慶次殿に危害を加えるようなことは有りませぬ。俺が命じております故」
それより…と幸村は慶次の手を取り、自らの首で宛がう
「さ、早う。夜が明けぬうちに」
幸村の首筋の脈を手のひらで感じ、慶次は手を引っ込めた
「ごめん。…悪い冗談だった」
慶次が声を落とすと、幸村は優しく微笑んだ
「慶次殿の、本心でござろう？」
「幸…村」
見たこともない穏やかな表情の幸村に慶次は言葉を失った
「朝になれば、この上田を出て進軍せねばならぬ。
慶次殿も、謙信殿の軍に加わるのでござろう？」
「…」
「徳川家康を大将とする東軍の兵は数十万に上るとの話…」
「幸村。俺たちは、たぶん…」
慶次の言わんとする事を察し、幸村は深く頷く
「大将首は全て討ち取られるであろう」
「幸村、…俺」
慶次は胸を込み上げる熱いものを抑えるように肩を震わせた
「俺は、このまま幸村とどっかに逃げちまいたい」
「されど、謙信殿や利家殿を捨て置く事はできぬでござろう。
俺もお館様から預かったこの甲斐の国を捨てるわけにはゆかぬ」
慶次はポロポロと涙を落としながら、何度も頷いた
「わかってる…幸村。ごめんな、可笑しなこと言い出して」
グっと唇を噛み締める慶次に幸村は幼子をあやすようにその長い髪を梳いた
「全てを捨て生き延びる事はできぬが、ここで死ぬのは構わぬ」
「え…」
慶次は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた
「戦とは何の関係もない、色恋沙汰での心中であれば良かろう」
「な…何を」
とんでもない理屈に慶次は目を丸めた
「どうされた慶次殿。面白い顔をされておるな」
幸村が楽しそうに声を上げて笑った
その様を見て、一瞬呆れていた慶次も噴出す
「お前、変わったなぁ。昔は戦馬鹿のクソ真面目な奴だったのに」
「本当の恋をすると人は変わると、慶次殿が仰っていたではござらぬか」
慶次は懐かしそうに目を細めた
「俺は弱くなっちまったな」
「俺は強くなりましたぞ」
チェと慶次は唇を突き出す
幸村は床の傍に置いてあった赤い鉢巻を引き裂き、細い布にすると１本を自分の指に
もう一本を慶次の指に巻きつけた
「なんだい？これ」
「冥途を渡っても無事に互いを見つけだせるよう、目印にござる」
「そっか…」
「さて、慶次殿。如何されますか」
「そうだなぁ」
戦場でそれぞれ死ぬか。今ここで一緒に死ぬか…それとも
「なぁ、幸村」
「はい」
慶次を見つめる幸村の眼には一点の曇りも無い
(ああ、俺は幸村のこの真っ直ぐな目に惚れたんだった)
慶次はそう思い出すと、幸村の手を取って自分の胸に当てた
「抱いてくれ。幸村」
「はい。慶次殿」
互いの口を夢中で吸い、貪る様に体を重ね合わせた後
慶次は上杉軍に合流すべく、朝陽のなか赤い布を靡かせ馬を走らせた
[7回]
