上田城で大暴れし、虎若子を倒した慶次は
幸村の強い勧めでそのまま城に一泊することになった
酒の席で、慶次は大いに語り幸村は懸命に聞き入った
「よし!幸村、もっと飲め!」
上機嫌で酒を注ごうとした慶次を幸村は制する
「俺は、あまり酒が…慶次殿、どうぞ俺に構わず飲んでくだされ」
「え~…でもなぁ、突然押しかけて大暴れした上に
こんな美味い酒まで飲ませてもらっちゃ…あ、そうだ」
懐から扇子を出し、舞いを舞う慶次の優美な姿に
幸村は口を半開きにしたまま見入った
「どうだ?俺の舞。なかなかなもんだろう?」
慶次が扇子をたたみ膳の前に座ると、幸村は微かに頬を赤らめる
「は…はぁ、俺は、雅なものに疎い故…されど、その…とても…」
「とても?」
「う…う…美しゅう…ござった」
それを聞いて慶次は豪快に笑った
「あははは!!そうかい?綺麗だったか!」
「まこと天女のように…」
「お前にそんな事言われたら、惚れちまうだろうな」
「…え」
幸村が目を丸くしていると、慶次はニンマリと笑った
「いや、京にいる舞妓達を思い出してさ。
そういや幸村、好いた子の一人や二人いないのかい?」
「好いた……な、何を!申されるッ」
破廉恥な!と口を尖らせる幸村を慶次は面白がって一層からかった
翌日上田城の桜並木を後にし、奥州の政宗の城で涼しい夏を過ごすと
またフラリと旅に出た
季節は移ろい、山が赤くなり始めた頃、
慶次はふと真田幸村を思い出し上田へ足を向けた
幸村は半年ぶりに訪れた慶次を歓迎し、
毎晩のように二人で酒を飲み交わした
ある夜
土産話のつもりで奥州の政宗の事を話すと
幸村がムスっとしたまま畳の目地を指で弄っている
「…つまらないかい?」
「そのようなことはござらぬが…」
「?どうした」
逡巡したあと、幸村は口を開いた
「俺の前で政宗殿の話はご遠慮願いたい」
ああ、そうかと慶次は思った
幸村と政宗は好敵手だから、政宗を褒めるような話は面白くないのだと気づいた
配慮が足りなかったと反省し慶次は頭を掻く
「悪い…」
謝る慶次に苛立った幸村は襟元を鷲づかむと、グイっと引っ張った
引き寄せられた慶次は、次の瞬間
噛みつくような乱暴な接吻に目を見開く
何がなんだかわからないまま、舌を絡めとられ吸い上げられ
慶次は反射的に両手で力いっぱい押すと、幸村は徳利をひっくり返して尻餅をついた
「…幸村、俺…部屋に戻る」
押し退けられ呆然とする幸村に言い残して、慶次はあてがわれていた自室へ戻った
翌朝、そそくさと旅支度をして逃げるように城門を出ようとした慶次を
追ってきた幸村が引き止める
「慶次殿、昨晩のことは」
「あ、ああ!酒に酔ってたんだろ?お前弱いもんな。気にしてないから」
「慶次殿…俺は…」
幸村の搾り出すような声に慶次は無理やり笑みを浮かべて手を振った
「じゃぁ、またな幸村」
「慶次殿、また来て下さるのか?!」
「ああ!来るよ。じゃぁな」
縋り付く様な幸村の目を振り切るように慶次は駆け出した
甲斐の関所を出て少し歩いた所で、羽付きの簪を忘れて来たことに気づいたが
そのまま京に向けて歩みを速めた
晩秋も過ぎ、雪が舞い始めた暮れ
慶次は炭を熾すと布団を頭から被り、身を縮める
真っ暗中なかで思い出されるのは幸村のことばかりだった
自分の何がそうしてしまったのか分からないが幸村に恋心をいだかせてしまったことが
グルグルと頭の中を回っている
恋…だろうか?
あの接吻はそんな生温いものではなかった
性交する時の欲情した口付け
そう考えて慶次はゴクリと唾を飲み込んだ
幸村を怖いと感じている反面、本当に今か今かと自分の訪れを
待ち続けているのではないかと落ち着かない
「また来る…って言ったもんな俺…」
冬は始まったばかり
これからもっと寒さは厳しさを増し、身動きがとれなくなる
まして雪深い甲斐へは、今を逃せば春まで無理だろう
城門まで追いかけてきた幸村の切なく苦しそうな声と目が忘れられない
「…ッ」
慶次は意を決し、布団を跳ね除けると炭を消して旅支度を始めた