「幸村~」
「っ…慶次殿、真っ直ぐ歩いて下され」
慶次の腕を肩に回し、
幸村は辺りを見渡しながら夜道を歩いた
満月に近い大きな月が通りを照らしてるお陰で迷うことなく旅籠へ戻ることが出来た
幸村はホッとして慶次を旅籠の門に寄りかからせる
「慶次殿、大丈夫でござるか」
「へへ…大丈夫!大丈夫!よぉし、お前の部屋でもう一杯やるぞぉ~!」
「慶次殿、先に湯船に浸かった方が良かろう。酔い覚ましにも…」
昼間、蕎麦屋で飯を食った後、寺や甘味屋を巡り京の街を歩いた
日が暮れてからは花街で芸者衆を囲み、飲めや歌えやの大騒ぎ
慶次は酒瓶をひっくり返したりと宴が終わる頃にはすっかり酔っ払っていた
「大丈夫だぁて!幸!まだまだ飲むぞぉ~」
楽しそうにケタケタと笑う慶次の顔が月明かりに照らされ幸村も微笑む
「慶次殿、楽しそうでござるな」
「おう!だってよ~あんな豪華な宴はそうないぜ!幸村っ、ありがとうな~!」
幸村は花街の相場がわからず先刻の宴がどれほどのものかピンとこなかった
勘定を済ませても銭はまだたくさんある
幸村はふと向かいの宿を見上げた
灯りの点いてる部屋や消えた部屋
花街のような賑やかさはなかったが遊郭はまた違った色の華やかさに包まれている
幸村の視線の先を見た慶次はニヤリと笑って言った
「幸村~、女と遊んで来てもいいんだぜ?せっかく遊郭にいるんだし」
慶次は、幸村が顔を真っ赤にしていつもの決まり文句を言うのを今か今かと待った
殴れるかもしれなかったそれもまた楽しい
…が、幸村は無表情だった
「幸村?」
「…そうでござるな」
「え…」
「慶次殿は如何されますか」
慶次が返事を詰まらせていると幸村はシュルリと鉢巻を解いた
「行かぬなら先に俺の部屋で休んでいて下され」
「あ…でも…」
慶次は差し出された鉢巻を受け取りながら目を瞬いた
「いきなり行っても、いい娘が空いてないかもしれないぜ?…それに」
「油を食ってる女でよい」
「…で…でも」
言い澱む慶次を置いて幸村は向かいの宿へと入って行った
残された慶次はひとり、しばらく通りに立っていたが二階の一部屋の灯りが消えたのを見て、
居たたまれなく辺りを見渡した
高級な宿が立ち並ぶ通りは人通りが少なく、生ぬるい風が吹いている
このまま長屋に帰る気にもなれず慶次は幸村の宿の戸を開いた
「…お客はん、湯の用意が出来てはりますえ」
入ると現れた宿の女がニッコリ微笑んだ
酒臭い身なりで入るような宿ではないことに気付き
慶次は居心地悪そうに頭を掻いた
「ああ…じゃ、湯を借りようかな…」
女の後をついて幸村の部屋に預かった鉢巻を置くと、湯殿に向かった
檜の良い香りに包まれ少し熱めの湯に浸かる
慶次は暫し透明な湯を見て、独り呟いた
「あ…でも、あれだ。幸村のことだから…うん、女を前に鼻血吹き出して」
両手で湯を掬い、パシャりと顔にかける
「抱くどころの話じゃなくなってるな、きっと。
うんうん、きっとそうだ…幸村の奴、ガッカリして部屋に戻ってきてるかもな」
はは…と乾いた声で笑うと湯船から上がり、
濡れた体を拭くと用意されていた着物を着た
ペタペタと裸足で冷えた廊下を歩き、部屋の前で立ち止まる
さて…、どうやって慰めるか
「ま、飲んで忘れるのが一番よ!」
襖を開くと幸村の姿はなく
二組の布団が真ん中に敷かれているだけだった
「…」
慶次は部屋に入ると後ろ手て襖を閉め、
ドカリと布団の上に寝転がり天井を見上げた
「あ~…つまんねぇなぁ」
幸村の話を肴に一杯やろうと思っていたのに…と愚痴をこぼした後、
慶次は自分の考えを打ち消した
…違う
俺は…
幸村が女遊びをしていることに苛立ち、そして傷付いている
「…何で俺が…」
元々、遊郭を薦めたのは自分だ
でもそれは、幸村が拒否すると思ってたからだ
「…幸村」
無意識に呟いた時、スラリと襖が開いた
「…起きておられたか」
幸村は寝そべる慶次に声をかけると隣の布団の上に腰を下ろした
フワリと漂う香の匂いに慶次は眉根を寄せる
「早かったな」
「…長居する所でもあるまい。それより、酒でも持って来させますか?」
女と寝たことを何でもないようにサラリと流す幸村の口調に
慶次は眉間のシワを深くして布団に潜った
「俺は疲れたから寝る。お前、飲みたきゃ一人で飲みな」
「慶次殿?如何された」
「…」
慶次は幸村の視線を感じながらも無理やり目を閉じた
灯りの芯が燃える微かな音と幸村の小さなため息が聞こえる
しばらくして幸村が灯を吹き消し、
部屋が闇に包まれると慶次は少しだけ布団から顔を出した
幸村の体に付いた甘ったるい香が堪らなく不快で
ゴロリと寝返りをして背を向ける
『…ああ、嫌な夜だ』
幸村を少年だと思っていた自分の馬鹿さ加減に呆れた
『あんなに照れるから』
慶次は恋の話に顔を真っ赤にする幸村を思い浮かべた
『女を抱いたことなんてないんだと思ってたのに…』
そんなわけねぇよな…と暗闇を見つめた
成人した立派な男、まして上田城の城主で甲斐の虎若子と名を轟かせている武将が
女を知らないわけがない
『…ああ…嫌だ嫌だ』
目を閉じている内に眠気が増し、いつの間にか意識が途切れた
「…っ!」
息が詰まるような衝撃に慶次は重い瞼を開いた
覆い被さる影の塊が幸村だと
ぼんやり認識した瞬間、再び体を貫くような感覚に慶次は顔を歪めた
「ぐぅ…っ!」
分けが分からぬまま、とにかく起き上がろうと身を捩って気がついた
「え……」
下帯が解かれ露わになった股を大きく左右に開かれ、
その間に幸村の腰が割り込むように押し付けられている
「…ぇ…っう…嘘…」
幸村が腰をグンっと突き動かす
「う゛あッ!!あァ!」
再び呼吸が止まる程の圧迫感と強い快感に襲われ
幸村の肩に爪を立てた
「あ!…やッ!まっ…て」
苦痛はなくただ腹を突き上げられる度に体を走る快感に震えた
「ゆッ!幸村ぁッ…」
「慶次殿…っ」
ハッと目を見開くとただ深い闇が広がっていた
「慶次殿、大丈夫でござるか?」
「…え…」
幸村は狼狽している慶次の額に滲んだ汗をそっと拭ってやった
「随分うなされおりました故、起こしてしまいました…慶次殿…」
「…ゆ……夢?」
先ほどの情交が夢だったと知り慶次はゴクリと唾を飲み込んだ
幸村の指が額から頬をなぞり首筋に触れたとたん
ゾクっと快感が腰を突き抜け、反射的に背を反らせた
「あッ…んっ…!」
慶次は喉を突いて出た自分の甘ったるい声に動揺しながらも
火照る熱を散らしたくて着物の胸元を開いた
「ぁ…熱っ…うっ…」
「……」
冷えた幸村の手が慶次の胸板を撫で、小さな突起に触れる
「うっ…!」
慶次の肩が小さく跳ねた
「…慶次…殿…」
幸村の低くかすれた声音に慶次は本能的に怯えた
「幸…村、だ…駄目…」
「慶次」
幸村の強い眼から逃れるように慶次は首を振った
「幸村…頼む、から…」
確かな意図を持って幸村の指が胸からわき腹を滑る
快感と不安に震えが止まらず慶次はただ幸村に懇願した
「幸…やめ…」
「慶次殿、どうか一晩だけ…」
「嫌だって言ってんだッ」
幸村は慶次に跨り、上から肩を押さえ強引に腿を開かせると体を間に割り込ませた
慶次は先ほどの夢での行為を思い出し
取り乱したように叫んだ
「止めろ!俺は女じゃねぇ!
足りねぇなら女郎宿へ戻れッ!」
「…慶次殿」
「ッ…」
真っ直ぐ見返す慶次の目から涙が溢れるのを見て、あやすように長い髪を梳いた
「俺は慶次殿を女の変わりなどにはせぬ」
「嘘、言うな!ッ…ただ欲を吐き出してぇだけだろッ!」
幸村は枕元にあった鉢巻を引き寄せ、慶次の両手を縛りつけた
「やッ、やめろ!!」
「慶次殿、慶次殿…聞いて下され、俺に女は抱けませぬ」
「…ぇ」
暴れていた慶次は幸村の言葉に動きを止めた
「宿で女を押し倒したものの俺のモノは全く勃たなかった」
「!」
「それで俺はわかった。俺が抱きたいのは…慶次殿なのだと」
「…な…何を」
顔を真っ赤にして言葉に詰まる慶次の手首を掴むと
幸村は己の股間に導いた
「ッ…!」
幸村の硬く反り返った大きな一物が下帯を突き上げている
「どうか、今夜一晩だけ…この幸村の願い、聞き入れてくだされ」
「……幸村」
「はい」
慶次は観念したように体の力を抜くと両手首を突き出した
「これ、解いてくれ。…そしたら、お前の好きにしていい」
「慶次殿」
拘束を解くと、着物を脱ぎ払う衣擦れの音が闇夜に響いた